Septeni Engineer's Blog

セプテーニエンジニアが綴る技術ブログ

制約条件の活用について

こんにちは、スクラムマスターやってます貫名です。

現在弊社ではodd-e Japanアジャイルコーチの江端氏に文字通りコーチング頂き、絶賛チーム開発へのテコ入れを実施しています。この期間の学びは多岐に渡りますが、その中でもタイトルに出した「制約条件の活用」はスクラムマスターとしての立場を取っている私にとって特に影響力が大きなテーマでありましたので、駄文ではありますが体験についてご紹介させて頂きます。(今日書く内容は、実際に経験したことに対して私の解釈を加えた内容となります点ご了承ください)

自分の子供に対して、本人が望むならどんなことでも経験させますか?

仕事終わりに飲みながらなシチュエーションで出てきた類の話ですが、スクラムマスターとしての在り方に関する話をしていて子育てを例に話が深まっていきました。お子さんが居る方は言葉のままに、いない方でも想像の中で良いのでこの質問になんて答えるか考えてみて頂けないでしょうか。

この話の背景には “教えることよりも、本人自らが気づいたことによるその後の学び・成長の大きさ” みたいな話があって、この考えを極端に解釈していた私の回答は

「自分の子供が自ら選択するなら、どんな経験をしたとしても構わない(と言いたい!)」

といったものでした。言い換えれば子供が気づくまで見守り続けるスタンスのつもりなのですが、実際の自分の子育て(現在2歳児の父)を振り返っても、将来子供が大きくなった時を想像しても、まぁそんなはずないなと。超えちゃいけない一線?とでもいうのでしょうか、あるなぁと。

多様な背景を持つ30人弱の集団で結論がなかなか出ない、さぁどうする?

こういった場面に出くわすくことはないでしょうか?30人はなくても、もっと少ない人数・2人であっても議論が平行線をたどってなかなか結論が出せない場面であればOKです。司会だろうと、議論の参加者だろうとどっちでも良いので、あなたならどう振る舞うかを考えてください。

ちなみに私もこういう場面に出くわすことは少なく無いのですが、仕事でこういった場面に出くわした場合によく私がとっていた行動/思考が

「決め方のルールが決まって無いから前進してないはず、なのでルール決めよう」

と考え行動します。どのアプローチが正解か・間違いかという話ではないですが、これも1つの選択だと思っています。ただよくありがちかと思うのがこの「決め方のルール」を決めること自体にも時間をかけてしまうケースです。どんな規模であれ、意思決定をスムーズに進行する集団は、決める上での基準みたいなもの?がはっきりしてるんじゃないかと思います。

「より良いもの」の前の「許容できないもの」

多様な見方ができるとは思いますが、子供への経験の話は “より良い学び・成長” を意図してるわけですし、集団での議論の話も個々人の参加者は “より良い回答” を集団が選ぶよう主張なりをしていると思われます。

この「より良い」がなかなか曲者で、子育てで言えばどのタイムスパンで考えるかによって選択に対する評価は変わるかもですし、集団の議論で言えば参加者一人一人の評価は異なっているのがむしろ普通だったりします。この時に着目してみて良いかも知れないと学んだのが、

「許容できないもの」

です。子育てで言えばどんなに子供が自分で選んだとは言え「他人や自分の命を危険にさらすこと」は冗談抜きで親である私にとっては許容できないことの1つになると思っています。集団の議論の場ではどうでしょう?これは時と場合によって異なってくるので例は割愛させて頂きます。

この「許容できないもの = 制約条件」と私は解釈しているのですが、このラインを適切にひくことでそれ以外の部分では思う存分自由に行動/思考できる状態を作ることこそが、牧羊犬と言い表されるスクラムマスターに求められることの1つかも知れません。